個室はお高いので、
4人部屋にしました。
チャビ太を産んだ翌日から母子同室がはじまりました。
その病院でも4月1日から母子同室がはじまったので、なんかずーっとバタバタしてました。
はじめてなのに、母子同室、カーテン越しに知らない方々。
もうカオスです(笑)
そして、私、全然母乳が出ませんでした。
その病院は母乳推しだったので、
頑張れ頑張れと、ミルクはなかなかもらえませんでした。
今ではなんでやねんと言いたいのですが、
最初はもらえて加糖?シロップのようなものを20ミリ。
チャビ太、まぁまぁ大きく生まれて、
お腹もすいてすいて、ギャン泣き。
夜も泣くもので、
他の人に申し訳なくて、3日目の夜に私も号泣しました。
今になってみたら、
なぜそんな事でって思うのですが、
当時は泣き止まない息子をみて、
いちいち母親失格だと。
なぜか他の部屋の赤ちゃん達の鳴き声が聞こえないんです。
チャビ太の声がすんごい大きいような。
そんなことはないんですけど。
周りを気にして、全然余裕がなかったです。
のちに聞くと、
皆さん経産婦さんだったので、
私より余裕があった方ばかりだったんですよね。
他の赤ちゃん達も泣いてたそうです。
全然聞こえなかった気がしてたんですけど、
自分の子の事でいっぱいいっぱいだったんですね。
そして、
ご飯美味しくない(笑)
食器がね、プラスチックみたいな病院のやつで、
見た目がまず美味しそうじゃないんです。
朝の食パンが袋に入っていて、
保温器に入って暖かくしなしなになったやつが出てきて、
余計どんよりしました。
退院間近になって外にオーブントースターがあると知って1日だけ焼いたパンが食べられました。
でも、
先生や担当の助産師さんはいい人達でした。
はじめましてでしたけど、
担当の助産師さんは絶妙なタイミングで声かけしてくれるんです。
言葉のチョイスも素晴らしかったです。
担当先生も若い大人しい先生でしたけど、
子供が好きなのが伝わってくる、
優しい先生でした。
抱っこさせてーって何度か顔を見に来てくれました。
退院の日に1週間ぶりに外に出て、
桜が散りはじめていて、とてもいい天気で。
小さいけど、ずっしりしているチャビ太を抱っこして退院出来て、
私が育てていかないと。と責任感のようなものが出てきたのを覚えています。
実家に帰った時、
病院の近くを通ると、
ここで生まれたのよとチャビ太に話して、
しなしなになった食パンを思い出します。
今でもまだまだ悩む事がいっぱいですが、
あの入院生活を思い出すと、
なんだか頑張ろうと思えます。